スマートメーターの全戸設置が進んだことで、小売電気事業者の手元には、需要家一軒一軒の使用実績が30分単位で蓄積されるようになりました。しかし「データはあるが、需要予測の精度向上に活かしきれていない」という声は少なくありません。
大量のデータは、そのまま予測モデルに流し込んでも精度にはつながりません。むしろ、欠損や異常値を含んだままのデータは、モデルに誤ったパターンを学習させ、予測を悪化させる原因になります。
この記事では、小売電気事業者がスマートメーターデータを分析し、リアルタイム需要予測につなげるまでの流れを、はじめて取り組む方にもわかるように整理しました。とくにつまずきやすい「前処理」と「可視化」のポイントを中心に解説します。
分析の話に入る前に、自社がどのようなデータを、どのような経路で、どれくらいの時間差で受け取っているのかを整理しておく必要があります。ここが曖昧なままだと、実現できない前提で予測業務を設計してしまいます。
スマートメーターは、通信機能を備えた電力量計です。国内では2014年から本格的な導入が始まり、現在は原則としてすべての需要家に設置されています。低圧の需要家については、30分ごとの電力使用量が計量・送信される仕組みです。
1日は30分刻みで48コマに分かれるため、単純計算で1需要家あたり年間17,520コマ(48コマ×365日)のレコードが積み上がることになります。低圧需要家を1万軒抱えていれば年間で約1億7,500万レコード、10万軒であれば約17億5,000万レコードです。
「大量データ」と表現される理由はここにあります。表計算ソフトの1シートで扱える行数をはるかに超えるため、Excelでの管理を前提にした運用では、そもそも全量を開くことすらできません。
スマートメーターのデータには、送信先の違いによって3つの経路があります。一般的には次のように整理されます。
・Aルート
スマートメーターから一般送配電事業者へ向かう経路です。検針や託送料金の算定に使われる、いわば本流のデータです。
・Bルート
スマートメーターから需要家宅内のHEMS機器などへ直接送られる経路です。数秒単位に近い頻度で瞬時電力を取得できますが、需要家側の機器設置と同意が前提になります。
・Cルート
一般送配電事業者から小売電気事業者などの第三者へ提供される経路です。小売電気事業者が自社の需要家の使用実績を受け取るのは、主にこのCルートです。
加えて、2022年4月に施行された制度により、電気事業法にもとづく認定を受けた協会を通じて、需要家の同意のもとで電力データを一括して入手できる枠組みも整備されています。一般社団法人電力データ管理協会が2022年6月に初の認定を取得し、2023年秋から本格的な運用が始まりました。
ここで押さえておきたいのが、実績データは「今この瞬間」には手に入らないという点です。Cルートで届く30分値には相応の遅延があり、電力データ管理協会が提供する30分電力量の速報値も、取得後おおむね2時間40分以内を目途とした提供とされています。
つまり、リアルタイム需要予測とは「実績を即座に把握して当てにいく」ことではありません。気象予報の更新や高圧需要家のデマンドデータなど、先に手に入る情報を使って予測値を短いサイクルで更新し続ける取り組みを指します。この前提を取り違えると、実現不可能な要件をシステムに求めることになってしまいます。
小売事業者が需要予測に活かすまでの流れは、大きく5つのステップに分けて考えると整理しやすくなります。
Cルートで受け取る30分値、契約情報(契約種別・契約電力・供給地点特定番号)、高圧需要家の遠隔検針データ、気象実績・気象予報、カレンダー情報を、同じ場所に集約します。ファイル形式や粒度がバラバラのまま部署ごとに保管されている状態が、分析が進まない最大の原因になりがちです。
集めたデータから、欠損・異常値・重複を取り除き、時系列として連続した状態に整えます。分析工数の大半はこの工程に費やされますが、精度への寄与も最も大きい工程です。詳細は次章で解説します。
使用量そのものだけでは、予測モデルは需要の動きを説明できません。気温・湿度・日射量といった気象データ、曜日・祝日・特殊日フラグ、時間帯、季節などを結合し、モデルが学習できる形の変数(特徴量)に加工します。気象と需要の関係については、あわせて気象データと電力需要の相関の考え方も押さえておくと理解が進みます。
小売電気事業者が計画値として提出するのは、需要家一軒ずつの値ではなく、需要ポートフォリオ全体の30分コマごとの合計値です。そのため、需要家を業種・契約種別・負荷パターンなどでセグメントに分け、セグメント単位で予測して積み上げる方法が広く採られています。
予測値と実績値の差を可視化し、どこで外れているのかを特定して、次の予測に反映します。この改善のループが回り始めて、はじめてデータ活用が業務として定着します。
「AIを導入したのに精度が上がらない」という相談の多くは、モデルではなく入力データに原因があります。とくに次の4点は、最初に方針を決めておきたい項目です。
通信不良や機器交換によって、コマが抜けることがあります。ここで欠損をゼロとして扱うと、モデルは「電気を使わなかった時間帯」として学習してしまい、需要を過小に見積もる癖がつきます。前後のコマや、同一需要家の同曜日・同時間帯の平均値で補間する、あるいは欠損として明示的に除外するなど、扱いを統一しておきます。
実績が大きく跳ねている、あるいは落ち込んでいるコマには、必ず理由があります。停電、設備トラブル、長期休業、大口需要家の生産調整などです。原因がわかる異常値には除外や補正のフラグを付け、原因が需要変動として再現しうるもの(猛暑日など)は残す、という切り分けが必要です。すべてを一律に外れ値として除去すると、ピーク需要を読めないモデルになってしまいます。
小売事業者特有の論点が、スイッチングによる需要家の増減です。新規契約の獲得と解約が続くと、需要合計は需要家の使い方が変わっていなくても増減します。過去実績をそのまま学習させると、モデルは顧客数の変動を「需要そのものの変動」と誤認します。供給地点単位で在籍期間を管理し、需要家数の増減と1軒あたりの使用量の変化を分けて扱うことが重要です。
30分値は「1コマ=0:00〜0:30」のように、どの時点を指すかの定義がシステムごとに異なる場合があります。コマ番号(1〜48)で管理するのか、時刻の始点で管理するのか、日付の切り替わりをどう扱うのか。ここがずれていると、気象データと結合した瞬間に30分の時間ずれが発生し、原因の特定が難しい精度低下を招きます。
大量データは、数字を眺めていても傾向がつかめません。次の4つの見せ方を用意しておくと、担当者以外にも状況が伝わるようになります。
横軸に48コマ、縦軸に需要量を取った折れ線グラフです。平日と休日、夏季と冬季を重ねて描くと、自社ポートフォリオのピークがいつ立つのかが一目でわかります。セグメント別に描き分ければ、どの顧客層がピークを作っているのかも見えてきます。
縦軸に日付、横軸に48コマを取り、需要量を色の濃淡で表現します。年間365日分を1枚に収められるため、季節の移り変わりや、猛暑・寒波の影響、連休中の需要低下などを直感的に把握できます。欠損しているコマが縞模様として現れるので、データ品質のチェックにも役立ちます。
横軸に気温、縦軸に需要量を取った散布図です。多くの場合、夏と冬で需要が増えるV字型の分布になります。V字の底が何度なのか、傾きがどれくらい急なのかは、需要家の構成によって変わります。この関係が季節や時間帯で変わることを確認しておくと、気温だけでは説明できない領域が見えてきます。
予測精度の指標としては、MAPE(平均絶対パーセント誤差)が広く使われます。国内10地域を対象とした短期需要予測の研究では、年間平均のMAPEが1.4〜3.0%(全体平均で2.5%弱)、需要の大きい夏季・冬季には誤差が拡大する傾向が報告されています。
重要なのは、全体の平均値だけを見ないことです。コマ別・曜日別・セグメント別・気温帯別に誤差を分解すると、「猛暑日の夕方だけ外している」「特定業種の休日が読めていない」といった具体的な改善対象が浮かび上がります。
分析の目的は、レポートを作ることではなく、計画値の精度を上げてインバランスを抑えることです。予測の更新タイミングを、市場と計画提出のスケジュールに合わせて設計します。
日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場は、1日を30分単位に区切った48商品で取引され、入札の締切は前日10時です。その後、実需給の1時間前をゲートクローズとする時間前市場で、計画とのズレを調整できます。
つまり実務上は、前日10時の入札に向けた予測、計画提出に向けた予測、そしてゲートクローズまでの当日予測という、少なくとも3つのタイミングで予測を更新することになります。気象予報が更新されるたびに予測を自動で引き直せる体制があれば、当日の急な気温変化にも追従できます。
分析基盤を新たに導入する場合、既存のEMSや需給管理システム、料金計算システムとどこまでデータを受け渡せるかが、運用負荷を大きく左右します。予測値をCSVで手作業により受け渡す運用では、せっかくの更新頻度を活かせません。API連携の可否、対応するデータ形式、計画提出システムとの接続実績は、検討の早い段階で確認しておきたいポイントです。
いきなり全需要家を対象にする必要はありません。誤差の大きいセグメントや、需要規模の大きい高圧需要家から着手し、前処理ルールと可視化の型を固めてから対象を広げるほうが、社内の合意も得やすくなります。次世代スマートメーターでは5分値など、より高頻度の計量に対応した仕様が定められ、2025年度以降、順次設置が進められています。扱えるデータの粒度は今後さらに細かくなる見通しであり、前処理と可視化の型を先に固めておくことが、将来の高度化にもつながります。
小売電気事業者がスマートメーターの大量データを需要予測に活かすうえで、最初の関門となるのはモデル選びではありません。欠損や異常値の扱いを決め、契約の入れ替わりを織り込み、時刻の定義を揃えるという前処理の設計です。ここが整っていなければ、どれほど高度なアルゴリズムを用いても精度は頭打ちになります。
そのうえで、ロードカーブやヒートマップ、気温感応度、誤差分析といった可視化を用意すれば、「どこで、なぜ外れているのか」をチームで共有できるようになります。担当者の頭の中にしかなかった感覚が、誰でも確認できる形に変わることは、予測業務そのものの引き継ぎやすさにもつながります。
リアルタイム需要予測は、実績を瞬時に取得することではなく、手に入る情報を使って予測を更新し続ける運用の仕組みです。前日入札、計画提出、当日のゲートクローズという各タイミングに合わせて予測を回せる体制を整えることが、インバランス削減への近道といえるでしょう。まずは自社が受け取っているデータの粒度とタイムラグを確認し、既存のEMSや需給管理システムと連携できる需要予測システムの検討から始めてみてはいかがでしょうか。
電力需要予測システムは、さまざまな場面で活用されるものです。ここでは「小売電気事業者向け」「工場向け」「スマートハウス・スマートビル向け」と業種ごとにおすすめの電力需要予測システムを紹介しています。

電力売買を効果的に行える
電力業務特化型の電力需要予測システム。自動で再学習を行うAIモデルの高精度な予測により、電力売買の効果的なタイミングが図れる。
インバランスコストを削減
短時間での予測が可能なため、一日前入札当日の新鮮なデータを反映させた高精度の予測実施。より正確な予測でインバランスコストを効果的に削減可能。

自動でピークカットを実施
工場向け電力需要予測システムZEBLAで、設備の電力消費データを監視・分析。電力使用の無駄や異常を検知し、自動でピークカットが行える。
生産計画に影響しない節電
電力不足時は重要度の低い機器を間引き、さらに不足すれば発電機を稼働するため、生産計画に影響することなく電力平準化を図ることが可能。

効率的な再エネの需給管理
全国の気象観測網を活用した電力需要・発電量予測を提供。太陽光・風力発電の変動を精度高く把握可能なため、再生可能エネルギーの需給管理を調整できる。
電力不足のリスクを低減
気象による予測誤差を抑えることで、スマートハウス・ビルにおける電力不足のリスクを低減。また、自家消費・売電など余剰電力を適切なタイミングで活用可能になる。