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需給管理業務の属人化はなぜ起こる?

「あの計画値の微調整は、○○さんでないとできない」──需給管理の現場で、こうした会話が交わされることは珍しくありません。毎日の計画提出を滞りなくこなしてきたベテラン担当者ほど、その判断は速く、そして正確です。

しかし、その速さと正確さが個人の経験に支えられている限り、異動や退職のたびに予測精度が振り出しに戻るリスクを抱え続けることになります。担当者本人にとっても、休みが取りにくく、負荷が偏った状態が続きます。

この記事では、需給管理の属人化がなぜ構造的に起こるのかを整理したうえで、電力業務の標準化を進める具体的なステップを解説します。ベテランの経験を否定するのではなく、その判断を組織の資産に変えていくための考え方です。

  • 需給管理の属人化は担当者の資質ではなく、毎日の締切・判断基準の未文書化・ツールの個人依存という構造から生まれる
  • 放置すると、担当者の異動による精度低下、作業時間の増大、判断根拠を説明できないという3つのリスクにつながる
  • 標準化は「可視化→判断ロジックの言語化→手順書化→システムによる固定化→定着」の順で進める
  • AI予測システムは、属人的だった判断基準を誰が担当しても再現できる形に置き換える手段として位置づける

需給管理業務における属人化とは何か

属人化とは、特定の担当者しか業務を遂行できない状態を指します。需給管理においては、単に「作業ができない」だけでなく、「同じ手順を踏んでも同じ精度が出ない」という形で現れるのが特徴です。

マニュアルに書ける作業と、書けない判断

需給管理の業務は、計画値同時同量制度のもとで進みます。小売電気事業者や発電事業者は、30分単位のコマごとに需要計画・発電販売計画などを作成し、広域機関のシステムを通じて提出します。翌日計画の提出は前日12時が締切とされ、その後も実需給の1時間前をゲートクローズとして計画値を更新できます。

この一連の手順そのものは、マニュアルに落とせます。問題は、その過程に埋め込まれた判断です。

たとえば「気温が予報より2度高く出そうなときに、どのコマをどれだけ上積みするか」「先週と同じ気温でも、この需要家群は連休明けだから立ち上がりが遅い」「この価格水準なら時間前市場で調整せず、インバランスで受けたほうが有利」といった判断は、過去の失敗と成功の記憶にもとづく暗黙知であり、引き継ぎ書に書き出されることはほとんどありません。

「職人技」が評価されてしまう構造

やっかいなのは、属人化した業務ほど社内で高く評価されやすい点です。ベテランが的確に外れを抑えれば、インバランスは小さくなり、収支は安定します。その結果、「あの人がいれば大丈夫」という状態が是認され、標準化の優先度が下がっていきます。

属人化が問題として顕在化するのは、多くの場合その担当者が異動・退職した後です。そのときには、判断の根拠を聞き出す相手がすでにいません。

なぜ需給管理は属人化しやすいのか──4つの構造要因

属人化は、担当者の抱え込みや意識の問題として語られがちですが、需給管理の場合はむしろ業務構造そのものに原因があります。

1. 毎日締切があり、改善に着手する余白がない

需給管理は365日、休みなく続きます。前日の需要予測から始まり、スポット市場への入札、計画の提出、当日の監視、時間前市場での調整、そして事後の精算まで、一連の作業が毎日繰り返されます。

締切が毎日訪れる業務では、「今日の計画を出す」ことが常に最優先になり、手順を文書化したり判断基準を整理したりする時間は後回しになります。改善に着手できないまま経験だけが個人に蓄積していく、という循環が生まれます。

2. 判断基準が数値として定義されていない

予測の補正は、多くの現場で「感覚的な上積み・下方修正」として行われています。何度の気温差なら何%補正するのか、どの需要家セグメントにどう配分するのかが数値として定義されていなければ、他の担当者が同じ判断を再現することはできません。

この補正が結果的に的中しているほど、基準を言語化する動機は薄れます。「うまくいっているから、そのままでよい」という判断が、属人化を固定してしまいます。

3. Excelと個人フォルダに業務が閉じている

需要予測や計画作成をExcelで行っている現場は今も多く存在します。担当者が独自に作り込んだシートは業務にぴったり合っている一方で、計算式の意図やマクロの処理内容は本人以外に把握されていないことがほとんどです。

ファイルが個人のPCやローカルフォルダに置かれていれば、他の担当者は過去の予測がどう作られたのかを追うことすらできません。表計算ソフトによる管理の限界については、電力需要予測をエクセルで行う限界もあわせて確認しておくとよいでしょう。

4. 専門性が高く、担当者を増やしにくい

需給管理には、電力制度、市場取引、気象と需要の関係、システム操作といった幅広い知識が必要です。育成に時間がかかるため、少人数体制のまま特定の担当者に業務が集中しやすくなります。

電力分野全体でも、人材の年齢構成と技術継承は課題として認識されています。送配電網協議会が公表した資料では、変電作業員のうち50代以上が約5割を占める事業者の例が示されており、実務経験の習得に長い年数を要することも指摘されています。

属人化を放置した場合の3つのリスク

属人化は、平常時には表面化しません。問題が起きるのは、体制が変わったときと、市場が荒れたときです。

担当者の交代による予測精度の低下

最も直接的なリスクが、異動・退職にともなう精度低下です。手順どおりに計画を作成しても、補正の判断が引き継がれていなければ、予測誤差は拡大します。誤差の拡大はそのままインバランスの増加につながり、収支に跳ね返ります。

インバランス料金の単価は市場価格や需給状況に連動して変動し、補正インバランス料金の上限値についても制度の見直しが進められています。市場環境によっては、わずかな精度低下が想定以上のコスト増を招く可能性がある点に注意が必要です。

作業時間の増大と業務継続リスク

属人化した業務は、担当者が休めない業務でもあります。早朝や深夜、休日の対応が特定の個人に集中し、体調不良や急な欠勤が業務停止に直結します。日々の提出物に期限がある以上、代替要員を立てられない状態は事業継続上のリスクそのものです。

また、判断が個人に閉じていると、業務量が増えても分担できません。顧客が増えるほど、扱うデータ量と確認作業が膨らみ、残業時間だけが積み上がっていきます。

判断根拠を説明できない

「なぜこの計画値にしたのか」を後から説明できないことも、見落とされがちなリスクです。インバランスが大きく発生した際、原因が予測モデルにあるのか、補正の判断にあるのか、データの不備にあるのかを切り分けられなければ、改善策を打てません。社内での報告や、経営層への説明にも支障が出ます。

脱・職人技を進める業務標準化の5ステップ

ここからは、電力業務の標準化をどのような順序で進めるかを整理します。経済産業省が監修した多能工人材育成のマニュアルでは、業務改善の進め方として「可視化→定量化→課題化→実践化→定着化」という段階が示されています。需給管理業務にもこの流れは応用できます。

STEP1:業務を棚卸しし、作業と判断に分ける

まずは、1日の業務を時系列で書き出します。何時に何を行い、どのシステムを使い、どれくらいの時間がかかっているのかを一覧にします。

このとき重要なのが、「手順が決まっている作業」と「その場で判断している箇所」を分けて記録することです。標準化の対象になるのは後者であり、ここを洗い出さないまま手順書だけを作っても、属人化は解消されません。

STEP2:判断基準を言語化・数値化する

洗い出した判断箇所について、ベテラン担当者にヒアリングを行い、「どういう条件のときに、何を根拠に、どう補正しているのか」を書き出していきます。

最初から完璧な数式にする必要はありません。「予報気温が前日実績より3度以上高いとき、13〜16時のコマを数%上積みする」といった粗い記述からで構いません。言葉にした基準を実績と突き合わせ、当たっているかどうかを検証していくことで、次第に数値の根拠が固まっていきます

ヒアリングの際は、成功例だけでなく「過去に大きく外した事例とその原因」を聞き出すことが有効です。暗黙知の多くは、失敗の記憶として蓄積されているためです。

STEP3:手順書とチェックリストに落とす

言語化した内容を、日次の手順書とチェックリストにまとめます。手順書には操作方法だけでなく、判断の分岐条件と、迷ったときの確認先を記載します。

あわせて、使用するファイルやシステムを共有フォルダ・共有環境に移し、誰でも参照できる状態にします。個人フォルダに置かれたExcelが残っている限り、手順書だけでは業務は引き継げません。

STEP4:AI予測システムで標準を「固定」する

手順書による標準化には限界もあります。文書は更新されないまま形骸化しやすく、結局は担当者の裁量に戻ってしまうためです。

そこで有効なのが、予測ロジックをシステムに組み込んでしまう方法です。AIや機械学習を用いた需要予測システムは、過去の需要実績と気象データ、カレンダー情報などから予測値を自動で算出します。補正の考え方がモデルとして固定されるため、誰が担当しても同じ入力からは同じ予測値が出力される状態を作れます。

ここで重要なのは、システム導入を「人の判断をなくす」ことと捉えないことです。標準の予測をシステムが担い、人はその妥当性の確認と、モデルが苦手とする例外事象への対応に集中する、という役割分担を設計します。既存のEMSや需給管理システムと連携できるか、計画提出まで自動化できるかは、選定時に必ず確認したいポイントです。

STEP5:スキルマップで定着させる

標準化の仕上げは、複数名が同じ業務を担える体制づくりです。前述のマニュアルでも、業務ごとの習得レベルを一覧化する「スキルマップ」の活用が示されています。誰がどの業務をどのレベルまで対応できるかを可視化し、育成の計画に落とし込みます。

厚生労働省が業種別に整備している職業能力評価基準など、公的な枠組みを参考に評価項目を組み立てる方法もあります。

あわせて、予測誤差(MAPE)やインバランス発生量、業務にかかった時間といったKPIを定点観測し、標準化の効果を数値で確認できるようにしておきます。

標準化を進めるときに押さえておきたいこと

ベテランを「敵」にしない進め方

標準化は、これまでの仕事の否定と受け取られることがあります。長年培った判断をシステムに置き換えると聞けば、抵抗が生まれるのは自然なことです。

実務上は、ベテラン担当者を標準化の推進役に据えるのが有効です。判断基準を言語化できるのは本人しかいないため、「経験を組織の資産として残す取り組み」として位置づけるほうが、協力を得やすくなります。

いきなり全業務を対象にしない

需要予測、市場取引、計画提出、当日監視、精算と、需給管理の業務範囲は広く、すべてを同時に標準化しようとすると頓挫します。まずは誤差の大きい業務や、担当者の負荷が集中している工程から着手し、効果を確認しながら範囲を広げる進め方が現実的です。

制度変更への追従を仕組みに含める

電力業界は制度やルールの変更が頻繁です。手順書もモデルも、更新されなければすぐに実態と乖離します。制度改正時に誰が何を見直すのかをあらかじめ決めておくこと、システムを選ぶ際に制度変更への対応方針を確認しておくことが、標準化を維持するうえで欠かせません。

属人化の解消は、経験を組織の資産に変える取り組み

需給管理業務の属人化は、担当者個人の問題ではなく、毎日締切がある業務構造、数値化されていない判断基準、個人に閉じたツールという条件が重なって生まれます。したがって、意識づけや注意喚起では解消しません。

電力業務の標準化を進めるには、業務を棚卸しして判断箇所を特定し、その基準を言語化し、手順書に落としたうえで、AI予測システムによって標準を固定するという順序が有効です。最後にスキルマップとKPIで定着させることで、担当者が交代しても精度が維持される体制が整います。

ベテランの勘と経験は、決して不要になるものではありません。標準化とは、その勘と経験を本人の頭の中から取り出し、チーム全員が使える形に翻訳する作業です。予測の土台をシステムに任せられれば、担当者は例外対応や調達戦略といった、より付加価値の高い業務に時間を振り向けられます。

まずは自社の需給管理業務のうち、どの判断が特定の担当者に依存しているのかを書き出すところから始めてみてください。そのうえで、既存のEMSや需給管理システムと連携でき、自社の運用に合わせられる需要予測システムを比較検討することが、脱・職人技への確実な一歩となります。

電力管理を効率化する
業種別電力需要予測システム3選

電力需要予測システムは、さまざまな場面で活用されるものです。ここでは「小売電気事業者向け」「工場向け」「スマートハウス・スマートビル向け」と業種ごとにおすすめの電力需要予測システムを紹介しています。

小売電気事業者向け
一日前市場当日の予測で
インバランスコストを削減
富士通鹿児島
インフォネット
富士通鹿児島インフォネット公式HP
引用元:富士通鹿児島インフォネット公式HP
(https://global.fujitsu/ja-jp/subsidiaries/kfn/services/list/demandforecast)
小売電気事業者向けの
導入メリット

電力売買を効果的に行える

電力業務特化型の電力需要予測システム。自動で再学習を行うAIモデルの高精度な予測により、電力売買の効果的なタイミングが図れる。

インバランスコストを削減

短時間での予測が可能なため、一日前入札当日の新鮮なデータを反映させた高精度の予測実施。より正確な予測でインバランスコストを効果的に削減可能。

工場向け
製造現場の生産計画と
連動し電力コストを削減
富士電機
富士電機公式HP
引用元:富士電機公式HP
(https://www.fujielectric.co.jp/about/example/detail/solution_power_prediction_system.html)
工場に
向いているポイント

自動でピークカットを実施

工場向け電力需要予測システムZEBLAで、設備の電力消費データを監視・分析。電力使用の無駄や異常を検知し、自動でピークカットが行える。

生産計画に影響しない節電

電力不足時は重要度の低い機器を間引き、さらに不足すれば発電機を稼働するため、生産計画に影響することなく電力平準化を図ることが可能。

スマートハウス・
スマートビル向け
蓄電の活用と電力管理
気象データで支援
ウェザーニューズ
ウェザーニューズ公式HP
     
引用元:ウェザーニューズ公式HP
(https://wxtech.weathernews.com/industries/energy/)
スマートハウス・ビルに
向いているポイント

効率的な再エネの需給管理

全国の気象観測網を活用した電力需要・発電量予測を提供。太陽光・風力発電の変動を精度高く把握可能なため、再生可能エネルギーの需給管理を調整できる。

電力不足のリスクを低減

気象による予測誤差を抑えることで、スマートハウス・ビルにおける電力不足のリスクを低減。また、自家消費・売電など余剰電力を適切なタイミングで活用可能になる。